いけません。(仮)

映画感想とか

今年のポケモン映画がめちゃくちゃ面白かった

 

ハァイ、ジョージィ!君はたっぷりポケモン捕まえた?

ポケモン沢山捕まえたジョージィも、またまだのジョージィも、今年のポケモン映画を観て欲しい。

 

ポケモン映画公式サイト「劇場版ポケットモンスター みんなの物語」

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劇場版ポケットモンスター 

     みんなの物語』

 

まず私が好きなポケモン映画は『デオキシス』で、他にもちらほら観たことがある。シリーズの中で最後に観たのは確か『ケルディオ』だった。調べたら2012年だからもう6年前になる。マジかよ。

アニメも観てない、ゲームも仕事が忙しくて放置……ただミーハーではあったのでフォロワーさんが観に行った情報をちらほら聞き、足を運んでみた。そしたら劇場を出る頃にはハンカチに化粧がゴッソリ付着するレベルにまでなった。不意打ちすぎる。ダークホースすぎる。ポケモン映画ってこういうのだっけ?!って思ったしとてもオススメしたくなったのでここに書いてます。

 

 

◯いつもの『ポケモン映画』じゃない

ポケモン映画って聞いたらなんとなく傾向ってあるじゃないですか。ザックリ言えばサトシが新しい街に来てゲストキャラと出会い、ロケット団や敵キャラがいらんことし、伝説のポケモンが大暴れ、迫り来る危機にピカチュウと立ち向かうぜ!みたいな。

細かなところはその映画によって違うけども大体一緒。で、この『みんなの物語』も一緒。なのにそういうテンプレート的なのを全く感じない。

なんでかなって考えたんですけど、この映画って伝説のポケモンが中枢にいて彼らがいなくちゃ成り立たない話だけども、それと同時に出てくるキャラクターみんなも必要なんですよ。

「伝説のポケモンの映画」じゃなくて、「ポケモンと人間の映画」。

今回の伝説のポケモン枠はゼラオラ(+ルギア)で、もちろん強いしカッコいい。その上で、人間や他のポケモン達もそれぞれカッコ良かったり可愛かったりする。

 

◯人間とポケモンが生きてる

これはもう表題の通りなんですけど、人間とポケモンの生活感が上手く画面に入ってる。

舞台は『風祭り』というフェスティバルなのでモブが画面に常にいて、そのモブ達みんなに関係性を感じる。特にこういう描写が〜っていうのはごく一部でしかなくて、どうしてそんなに感じるのかといえば、なんかもうそれが『当たり前』として画面にあるから。

例えば日本人が海外に行った時に感動するのは、その土地に根差す『当たり前』のものがひとつあるんですよ。海外じゃなくて国内旅行でもいいけど。「みんなこれが普通なんだー」って。この映画もそれ。ポケモンワールドではみんなポケモンと一緒に生きてるのが当たり前で、現実に生きる観客はその『当たり前』に違和感を覚えて引き込まれていく……感じ。

ベランダから外を眺めているお姉さんの腕にエイパムが掴まってたりする、そういうカット1つが心に残る。ほんと旅行みたいなもん。

 

◯ゲストキャラの絡み方

この映画は『みんなの物語』なのでゲストキャラがとても多く出る。ていうかアニメ版から出て来てるのはサトシとピカチュウぐらいなものなのに、気が付けばゲストキャラ全員に愛着が湧いてる。

そのゲストキャラ達も、最初はみんなバラバラ。例えば準主人公のリサは「ポケモンゲットを頼まれたから」嘘つきおじさんのカガチは「姪っ子の付き添い」ポケモン研究者のトリトは「研究発表会」。その彼らとサトシが最初は同じ路線バスに乗り合わせて、それぞれの目的のために『風祭り』に向かう。互いを知らない

みんなが、その風祭りの中でやがて面識を持ち──という流れ。

通じる人には通じる喩えを出すと、『ポケモン映画版428』。

 

【PS4】428 封鎖された渋谷で

【PS4】428 封鎖された渋谷で

 

↑一番大好きなノベルゲーム

 

キャラクター達がそれぞれ交わる経緯・伏線・キャラ立て、いずれもが綺麗に1つのシナリオになってる。

しかも幾人もの交差の中でサトシとピカチュウをきちんと『主人公』として描いている。ピンチにサトシとピカチュウの姿が見えた時の安心感、別に世界の危機とかいうシーンでもないのに気持ちが掴まれる。

 

◯細かな描写

『当たり前の世界』に通ずるものもあるけれども、この映画は細かいところの演出が凝っている。

例えばピカチュウがサトシに頬をこすりつけた時、その接着面が「輪郭」ではなく「細かな毛」として描かれている。画面に描かれたピカチュウはツルツルとした輪郭だけれども、その瞬間に「ピカチュウは毛の生えたいきもの」として描かれている。

もしかすると他の映画やアニメでも同様の描写がなされているかもしれないけど(未確認)、この映画の空気感にはこういった描写がとてもマッチする。とにかく細かい!2回観たけど全然拾えてないと思う。

 

 

 

鑑賞済み問わず「それだけ?」って思うような文章だったけれども、流石に文字で書ききれないという事にしてほしい。とにかくポケモン映画としては類を見ない種類だけども、間違いなく『ポケモン映画』です。

芸能人起用も非常に多く事前に躊躇するかもしれないけどそこは安心してほしい。私の意識の上では殆ど違和感なかった。芸能人起用の点で不満と言えば、こんなに素敵な話とキャラクターで再登場の可能性が低くなるのでは?って事ですね。

ポスター見て「ギャル系?」って眉をひそめたリサも、観たらめちゃくちゃ好きになった。リサとトリトがツートップで好きです。でもみんな大好きです。もう上映回数も少なくなって来る頃だから、とにかく観てほしい。面白い映画だった。観終わった後にポケモンのいない現実へと帰る苦しみは残るけどそれだけだから。『みんなの物語』を観てほしい。とっても面白い映画だった!!!

願わくばこの映画のキャラクターが何かしらの形で再登場しますように!!!!!

 

 

3DSとウルトラサンムーンは持って行ってね!ゼラオラを受け取るのを忘れずにね!(1敗)

 

『キュウレンジャーVS』へ寄せて(死ぬほど見たかったジュウオウジャーの話)

【2018.06.02】追記しました。

 

キュウレンジャーVSスペスク』が公開されて数日。

悪側に行ったハミィちゃん・分裂するチーム・何故か登場するスーパー戦隊の悪役・何故かコラボするスペスクの不安の事前情報から一転、TLでは好ましい評価が上がっていて良かったと思います。

 

だけどここからは、成仏できないジュウオウジャーファンの愚痴。

 

 

東映公式内部でどんな動きが具体的にあったのかは分からないけれど、恐らく2017年冬〜2018年春で何らかの区切りをつけたのではないかと察せられる事態があった。

『MOVIE大戦』シリーズの集大成とも言える(そしてガバガバスケジュール革命とも言える)『平成ジェネレーションズ FINAL』の公開。

毎年博打のように公開していた、所謂『春映画』の終了。

そして、前作戦隊と過去戦隊がコラボする『VSシリーズ』の終了。

 

といっても公式にアナウンスがあったわけではなく(そこが問題。後述)、関係者のツイッターアカウント等での情報を基にした大まかな内容だ。

 

 

まず前提として、私は『宇宙戦隊キュウレンジャーVS動物戦隊ジュウオウジャー』を凄く観たかった。

ぶっちゃけ、今でもその気持ちは変わらないし、燻っている。

 

VSシリーズは基本的に"毎年あるもの"だ。

例外はこれまでの戦隊にちょくちょくあるけれども、近年においてはその歴史が絶えず続いていた。

当然『キュウジュウ』も期待されていて、ジュウオウジャーのキャストも、Gロッソでの舞台挨拶やFLTでのトークショーで度々「またVSでも会えるかもしれない」と口にしていたし、それに何の違和感もなかった。

先行きが悪くなってきたのは、個人的な感覚で言えば11月〜12月辺りだったように思う。

平ジェネFの情報が徐々に出されて該当作品のファンが悲喜交々胸を抑えていた中、年始には公開されるはずのVSシリーズの情報が全くないことに気付き始めていた。ジュウオウキャストのツイッターで新しい仕事を匂わせられるもキュウジュウではないらしいと肩を落とす中で、いくら突貫的なスケジュールを組む東映と言えどもう無理だろうと察せられる時期に突入した頃、もうキュウジュウはないんだ、と分かっていた。

 

そしてこのツイート。

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上述したうちの二つ、『冬映画』と『春映画』がここにきて変化したことについて述べられている。

特に『春映画』は(シリーズとしてのフォーマットが定まった)2011年の『レッツゴー』以来続いてきた作品だけれども、『冬』『夏』に比べて明らかに賛否両論の入り混じった──というか個人的に見える範囲では批判の方が多いのに対し、なおも根幹的な作風は変わらなかったシリーズだった。ヒーローが沢山集まって本当にどんちゃん騒ぎできる場も他に無かったため、それが急に消えるなんて寝耳に水の騒ぎだった。

ここでは『VS』について明言されていないものの、予算の話が出た以上恐らくはここで(アマゾンズの事もあり)春映画と共に一緒に削られてしまったのではないか、という見方を当時していた。

ジュウオウジャースーパー戦隊40作品目記念であり、区切りでもある。その次のキュウレンジャーはこれまでのスーパー戦隊の世界とパラレル扱いにしているのもあって、VSシリーズを切るならばジュウオウとキュウレンの間はいい機会でもあると、正直思った。

 

そこから『キュウジュウ』について、にわかに騒がしくなったのは今年の1月。

白倉Pのこんなツイートがきたのがきっかけだった。

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まあまずは、気になるからといって広報担当用でもないアカウントの全然関係ないツイートに、そんな仕事に対しての話をぶつけるのがお門違いなんだけども。

対して答えた白倉Pのツイートは解釈を受け手に委ねるようなもので、実際どのような意図なのか私も頭を悩ませることになった。

今年の戦隊は『ルパンレンジャーVSパトレンジャー』

かつてのハリケンジャー&ゴウライジャー(&シュリケンジャー)のような図を、明確に『戦隊と戦隊』という形で押し出したスーパー戦隊になる。

 

今年TVでやる『VS』とはどの事か?

 

ルパパトがあるからキュウジュウはやらないよ、という事か?

 

キュウジュウはTVでやるから映画ではやらないよ、という事か?

 

前者の方が意味は通りそうだけれども、質問者の意図は(「映画」が強調されているとはいえ)あくまで「キュウジュウはどうなっているのか」がメインのはずだ。

『ルパパト』と『キュウジュウ』は全然違い、両立できるもののはず。

「ルパパトがあるからキュウジュウはない」は意味が通らない。

これはもしや、遅れてTVSP等でやるのでは?と期待が浮かびもした。

 

浮かんで消えました。

 

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これを読んだ時の衝撃。

他にも理由はあるとぼかされてはいるけれども、読める理由ですらわけがわからない。

 

同一フォーマットの番組同士?本当にVSに関係ありましたかそれ?

 

例え「1話完結型」でも「1年間ずっと話が動いていく型」でも、VSという1時間の枠に収まる範囲には何ら関係のない筈だ。

ジュウオウはその両方を合わせた「1話完結型を基本にしながらも毎回話は進んでいる」という形を戦隊シリーズの中でも貫いていた番組だったから、前年の『ジュウオウジャーVSニンニンジャー』であっても全く同じフォーマットとは言えない。

仮に「フォーマット」というのが「作風」を指すにしろ、連続して同じ作風が続かないようにしているのが誰でもない東映だったはずだ。

そういう話はちょくちょく出てくるし、ライダーであれ戦隊であれ、前年度と意図的に作風を変えているのは観ていれば分かる。

そして「作風が違うからこそ面白い」というのが誰でも分かるコラボの原点じゃないのか?

 

しかも「キュウレンにはそぐわない」って何だそれは。

まるでジュウオウジャーが悪いような言い方で。

 

そしてトドメの、「『戦隊VS戦隊』と『前戦隊VS前々戦隊』はワケが分からない」という理由。

 

まず、例年通りVS映画がやる時期は大体現戦隊が終盤に差し掛かっている辺りだ。東京住みの私が『ジュウニン』を観に行った日はジュウオウジャーの最終回の翌日で、更にその2日後には上映終了というタイミングだった。

つまり、上記の2つは本来そもそも時期的に並列しないのだ。

 

そして。

このツイートツリー。質問したアカウントさんは白倉Pのツイートに反応したものであり、その元ツイートは何なのか。

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キュウレンジャーVS スペース・スクワッド』

 

キュウレンジャー

             VS

スペース・スクワッド』

 

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ごめんなさいもう当時こんな余裕なかったです。

 

『前戦隊VS前々戦隊』はダメで、『前戦隊VSメタルヒーロー』はOKなのか。

パラレルワールドという存在が明確にされているのはジュウオウジャーも同じなのに、宇宙って繋がりだけでスーパー戦隊でも何でもないギャバンが優先されるのか。

TV本編でコラボした繋がりがあるっていうなら、鎧武VSキカイダーとかも映画やVシネをやるべきではなかったのか?

 

私は、ギャバンはじめ、メタルヒーローを蔑ろにするつもりはない。

ただ、同じスーパー戦隊、しかも前年度の先輩枠であるジュウオウジャーよりも彼らの方が優先されたという事実、それも下手くそな言い訳にもならない言い訳付きで、公式に属する人ではあるけれども正式なリリースではない一個人のアカウントで発信されて、それでおしまいにされた。

許せなくて遣る瀬なくて仕方がない。

 

いつからキュウレンとスペスクの組み合わせが決まっていたのかは分からない。ただ前年の春頃にジュウオウキャストがほのめかしていたことから、その時点ではまだ決まっていなかったことは確実だった。VSの事に言及したのは一度や二度ではなく、仮にその時点でスペスクが有力だったのなら流石に公式から止められるだろう。

これは私の想像でしかないけれど、キュウレン本編でデカレン&スペスクとコラボした時、誰かが「これはいける」と踏んだんじゃなかろうか。そして本来やるはずだったかもしれないキュウジュウの予算が、アマゾンズなり、キュウレンVシネなりに消えた。

 

40作品記念の節目ではあるけれど、ジュウオウとキュウレンは対比できるポイントが多かったように感じる。その象徴たるものが『宇宙と地球』だ。根を下ろす場所が全く違っても、生き物は繋がれる──という話をジュウオウはしていた。

だからこそ期待していた。共通点ではなく対比から始まるコラボも、十分意味を成したはずだ。というかそれが『コラボレーション』なんじゃないのか。

 

 

今はもう爆弾ツイートも過ぎ去り、穏やかな日常が戻ってきたように思う。ジュウオウキャストのみんなも、それぞれに活躍している。私も國島くんの舞台に足を運んで、Gロッソで観た時の感想「この人すごく舞台に映える」を改めて噛み締めたりなどした。

だけど、『ヒーローママリーグ』の情報や、歴代戦隊のヴィランズ登場みたいな話が出てくるたびに、キュウジュウの事を思っては辛くなる。それはキュウジュウではダメだったのか、キュウジュウよりも優先されるべき事柄だったのかと考えてしまう。多分これからもそうだ。

キュウジュウを無くしたのだから、その企画はキュウジュウよりも良いと公式が推した、そんな事実がついて回る。

それがどんな面白そうな企画であっても、諸手を挙げて喜べるわけがない。

キュウジュウが無いんだなと悟ってきたあの頃、そのまま何もなくフェードアウトしてくれるならそれはそれでよかったのだ。だけど神経を思いっきり逆撫でされたから傷になった。言うなら言うで、個人のアカウントではなくきちんと何かしらの公式で情報を出してくれるのならまだ傷は浅くて済んだ。

アマゾンズでの発言もあるし、私自身は白倉Pの事を好いてはいない。あれを引きずって、興味が湧いてもアマゾンズ視聴に踏み切れない。だけど今回の件の首謀者が彼だとか、そういうことは言えないし、事実じゃない。

東映は悪の組織ではないし、白倉Pがその首領というわけでもまたない。ただの会社と会社員(重役?)だと分かっている。結局キュウジュウを潰したのは会社としての総意になり、白倉Pはそれが表面に出てきたに過ぎないだけ。

分かっている。分かっているけれど、だからといってこの人に好き勝手言われて、そのままハイハイで済ませられない。済ませられるわけがない。

繰り返すけれども、私はキュウジュウを観たかった。観たかったけれども、無くなるならその覚悟はあった。

それなのによりにもよってジュウオウジャーの最後へ、会社としては明らかに駄目なやり方で泥を塗られた。本来ならその作品を守る側だったはずの会社がやりやがった。筋としてはジュウオウよりも通らないギャバンを出したこと、それに対して意味不明な理由を取ってつけたこと、「ジュウオウの最後はどうでもいい」と言ったようなものだ。

 

じゃあ一体どこの誰がその作品を作ったんだよ。

 

あの春映画が数年続いたことを知っているから、今更こんなブログでどうにかなるとも思っちゃいないけど、せめてこの時の話を残したかった。

他に誰か1人でも、キュウジュウを想ってくれる人が増えたなら嬉しい。

動物戦隊ジュウオウジャーはとても素晴らしい作品だった。

 

 

 

追記】2018.06.02

コメント欄で渡邊さんの事故に指摘されており調べました。

あくまで私個人としては、その事を踏まえるとVSをやらなかったのは真っ当であったかと思います。

『ジュウニン』の公式HPがオープンしたのも前年の12月の事になりますので、『キュウジュウ』制作中、11/6の事故を受けて取りやめた……というのも考えられる話ではあります。

ただ、これが原因と決まったわけではないですし、私が悩んでいた本題はあくまで個人のアカウントによる適当な説明に関する事です。

『キュウジュウ』を観たかったですが、今は無くなること自体に対して拒絶反応を示しているわけではありません。あくまで、やらなくても良かった言及についての話になります。

『キュウジュウ』が無理だとしても、今後は他の作品においてそういうことが無くなって頂けるといいです。

 

 

 

 

(後日談)

というより今回のオチ。或いは個人的な落としどころ。ここから先は本当に私の個人的な回想です。

 

キュウレンジャーの事が好きな友達とGロッソに行く事になった、忘れもしない2月24日。友達は心配していたようだったけれど、流石にひと月も経れば落ち着くし、何しろ私が本格的にジュウオウジャーにハマったのは遅すぎるGロ5期での事だった。

そして分かっていた通り、やっぱり素面のキャストはカッコよかった。何しろ1年間やり通しただけの実力がある。脂の乗った前戦隊キャストと、戦隊撮影の中で若い盛りとも言える頃の現戦隊キャストがコラボするのがVSの楽しみでもあったけれど、Gロッソで図らずもその半分は叶ってしまったわけになる。

連続で公演を取ったその日の4回目。台詞がそれまでと違った。スパーダのアドリブシーンで放たれる「本能覚醒!」サソリオレンジがイッカクキュータマを使って口にする「野生大解放」シシレッドオリオンが現れた際に宣言する「俺の運、舐めるなよ」。

ああ、そういう回なんだと分かってしまった時、人目を憚らず号泣した。友達をサポートするつもりで行ったつもりが、逆に私が介護される結果になった。

その日の夜、食事をしにテーブルへついた間際、友達がツイッターで当該ツイートを見せてくれた。

それは、ジュウオウキャストがその回を観ていたというキャスト本人のツイートだった。

 

憎さ余ってキュウレンのことを嫌いになりかけたりもしたけど、ごめんなさい。キュウレン自体は良いと思います。ストーリーにツッコミ入れたりはしてるけど。鳳すごくかっこいいです。

 

願わくばキュータマダンシングするジュウオウを見たかった。

結局公式で踊ったの、Gロのアドリブみっちゃんだけになっちゃったね。

 

 

【ネタバレ】パシフィック・リム アップライジング 感想

パシリムアップラ感想

鑑賞日:4/14

吹替・4DX

 

 

 

 

 

なんでマコ殺した。

 

弟と2人で夜道に語り合ったけど、まさかよりにもよって「パシフィック・リム」の感想合戦で「『よかった探し』をしよう」なんて言葉を使うとは思わなかった。クソ映画レビューの名言だぜコレ。


映像はいい、設定補完もまあまあいい。だけど前作で良かったところを崩してるんだからパシリムとしては最悪。

 

キャラを殺すなと言ってるんじゃない。
前作でもパイロットがバンバン死んでたからね。
それに設定だけでも、前作内における最新型第五世代のストライカー・エウレカを含め、残存する機体はたったの4機だったことが『これは戦争で人死にが出る』ことを描写していた。
でも今回はあまりにもそれに頼り過ぎてた。顕著なのが前作のヒロインにして主人公だったマコの死。
彼女が前作でどういう描かれ方をしていたかというと、両親を怪獣に殺され復讐心を持ちながらもペントコスト司令官に救われた時の純真な心も持ち合わせていた女性だ。
もう一人の主人公であるローリーと共にジプシー・デンジャーに乗り込むも、その復讐心に足を取られて一度は失敗をする。それでも香港の街で二体の怪獣を相手取りけじめをつけ、裂け目においても最後まで戦い抜いたパイロット。ラストシーンでは心を通わせたローリーと幸せそうに額を合わせながら平和になった海の上で笑っていた。
それがコレだ。なんだコレ?
わざわざマコを殺す意味はあったか?マコが遺したデータもそれは「マコが遺す」という点に意義があったか?
視点を変えて「ジェイクの未熟さを表すためだった(手が届かなかった)」ことを表すためだとしても、それではアフターフォローが足りなさすぎる。マコが死ぬことに対する重みを何ら回収できちゃいない。彼女があの世界から存在ごといなくなるってことは、"前作のハッピーエンドを台無しにする"ことだ。よりにもよって、そこで終われたはずの作品を続けてやる意味は全くない。悪趣味だ。
「ローリーはどこ行った!」ってずっと(心の中で)叫ばせないで欲しかった。前作のポスターやサントラのジャケを見てみろよ、いるのはジプシーとローリーとマコだぜ。彼女だって主人公なんだよ、それがどうしたこの仕打ち。
もしかしたらそのローリーが出演できないことが(向こうですごく売れてるって聞いた)キッカケなのかもしれないけど、それならそれでマコの扱いを考えて欲しかった(こっちの特撮にも俳優が売れてスケジュールが取れなくなり客演が難しくなるのはよくあることです)。COパイがいなくてマコがドリフト出来ないなら、途中で死ぬ司令の代わりにマコが指揮を執る後方支援型でも何ら問題はなかった筈でしょう?量産機配備の如何にマコの立場が絡んでいたのは事実だけれども、それだって別にマコが死ぬまでの必要もなく、「量産機配備をマコは承認側に回った。そして量産機が暴走しマコは知らなかったと言えどそれを受け入れてしまったことの重みを背負う」方が現状よりもマシだった。

何よりパシリムは王道で、前作主人公がサポートに回るのは王道作品にもよくある燃える展開だと思うのだけど、それを振り切ったなり、或いは思い付かなかったなり、どちらにせよ最悪の結果を作ってしまったと言わざるを得ない。


加えてニュートの悪役化。
誰も望んじゃいなかったよこんなの。
そもそも「パシフィック・リム」は前作序盤で語られる通り、各国が協力し合い世界の敵に立ち向かうということがテーマだった。ロボットだってアメリカ・オーストラリア・ロシア・中国と分かれていた。
その横で、気が合わずお互いに反発し合う博士二人が、戦いの危機に協力し合う。パイロットが主役なのに対し「手を取り合うのはパイロットだけじゃない」と表すのが彼らの役割で、またその結果が次元の裂け目のシステムの一部を暴く事となり、裂け目崩壊成功に繋がる──熱い展開の要だった。
それがどうしてこうなった。どうもクソもねえよなんだコレ?聞きたいわ。監督だか脚本だかスポンサーだかもしくは他の誰かは知らないけど、よくもまあここまで最低の続編を作ろうって発案できたと思うよ。その度胸だけは買うよ。そしてそれを通した連中もだ。クソッタレ。
なんでニュートが悪役ムーブする羽目になってんのか全然理解できない。異次元人に乗っ取られた?へえそう。アリスを介して乗っ取られたの。ええ。そのアリスと名付けてる怪獣の脳はどこから来たの?残存する脳は無かったはずだが。ええ。もうめちゃくちゃだよ。クソ。「制作が思うルートにキャラクターを当てはめた」としか思えない。彼にオタク気質なところはあるけれども(というかそのもの怪獣オタクだ)そこまでマッドだったかといえばそうじゃなく、なんでこうしたのか理解できない。

デルトロ監督の案にはニュートが続編で悪役になることがあったらしいけど、仮にデルトロが同じくニュートを悪側として描く映画を撮っていても私はその点をクソだと言ったと思う。

前作を歓迎した人間にそれを受け入れろというのは酷だろう。

 


そして全体的にあまりにも描写不足。
ぶっちゃけインパクトがない。
前作でのキャラクターを平気で殺したりする割には、前作で語られたものを「既に観客が知っているもの」として進める。その癖、前作からの踏襲や或いは対比を多用する。だけどそれを愛と受け止めるにはやってる事が酷い。
キャラの描写が薄い。イェーガーの細かい描写がない。怪獣の能力でさえほとんど描かれない。
マコが遺したデータのあの場所は何を意味していたのか?マコは何故あの場所がわかったのか?偽ジプシーはどこにいたのか?ジプシー以外のイェーガー3機の元々のパイロットはどんな人だったのか?あの基地にはどんな人達がいてどんな働きをしていたのか?イェーガーの整備はどうしてたのか?ニュートはどうやって怪獣を量産機の中に忍び込ませていたのか?その培養する怪獣はどこでどうやっていたのか?
説明してほしい要素が多すぎるし、圧倒的に薄い。

 

私が思うところ、前作が評価されたのは徹底的に「好き」を拘ったからだと思う。襲い来る怪獣!かっこいいロボット!ドカーン!ドーン!パーンチ!そういうものに、そういうものが最高に映える画・話・流れを作り上げた。

前作にだって粗はあった。だけどもそれは作品を作る上で発生せざるを得ない粗であり、趣味を突き抜けた作品だからこそ許されていた。「好き!」って気持ちをどんどん加速させていく映画だったから気に留めるどころか、笑って「まあそういうのもあるよね」って済ませられるレベルだった。
でも今作はそれがない。ロボット好きなんだろうなっていうのは伝わって来るけど、そのロボット描写でさえ前作よりは大分薄れた。
今作におけるマコポジションであるアマナが序盤にイェーガー四機について軽く説明してくれるけど、それだけ。
やれ無人機が〜〜整備が〜〜って話すよりも「関節にはエンジン40基だ」って言葉の方が作品には重く、そこが評価されていたのに何も分かっちゃいない。水中に潜る時は隙間を閉じたりだとか、そういう「このロボットはこういうものが積み重なって動いている」っていう絵面もほとんどない。アクロバティックなカメラワークでイェーガー整備シーンを映されるよりも、「誘導シナプス」等の台詞が積み重なっている状態で、溶接の火花を散らしながらジプシーの胸部装甲を取り外すワンシーンの方が美しくて説得力があるんだよ。分からないかなあ。分からなかったんだなあ。 ちくしょう。
最後の東京決戦に至るまでジプシーと偽ジプシー以外の機体が動く描写もほとんどないから、機体の特徴もほとんどその時まで分からずじまい。唯一確認できたのは暗く基地襲撃されてる最中での鉄球ぐらいなもんだ。

前作だって(回想のみのコヨーテ・タンゴ等は例外として)クリムゾン・タイフーンとチェルノ・アルファは戦闘開始後すぐにやられてしまったけど、きちんと戦闘フォームを見せ、操縦している人物性や操縦場面がきちんと理解できるように作られてあった。
程よいアニメ感があるキャラ造形(ビジュアル)で、台詞が少なくとも彼らがどういう戦い方をしてきたのかすぐに理解できた。だからそのベテランの彼らが瞬殺されてしまうことが、話の絶望感に繋がった。
上がいなくなって候補生たちがイェーガーに乗り込む展開も、その「元いたパイロット」が見えないんだからただのラッキーぐらいにしか感じられない。

ポッと降って湧いたような(序盤以降語られることのなかった)イェーガーと、面子の数は前作のパイロット並みなのにアマナ・ロシア娘・真剣佑・おっぱい弄り以外に特徴を掴むことも難しい候補生たち。そのうち一人は死んでしまうけれども、彼らのうち誰がどの機体に乗ったかなんていうのもすぐに判別しづらいからもう何が何だか分からない。

 

建設していた壁も10年程度じゃ取っ払われているはずがないのに、姿形も見えない。あるはずのところに壁の気配がまるでない。前作から続投してきたのはクソみたいな扱いのキャラと、イェーガーと怪獣の設定だけ。
そもそも前作のアナログが割合残る世界観から一変して近未来的になった事でさえ、「10年の復興」として受け止められない。何故なら描写が圧倒的に薄いからだ。「ああこれがこうなったんだな」って歴史の積み重なりを描写してトンデモ世界観に納得させるのがパシリムだったのに、そこを省いてるからだ。前作で評価されたことをガンスルー決め込むとかすげーよ逆に。制作スタッフの見てるパシフィック・リムは一体何だったんですか?

 

最終決戦だって「これで終わり?」って思った。あっ富士山で戦わないんだ!もうそこで負け覚悟で機体を決死させちゃうんだ!
前作は前作はって言いたかないけどさ、その判断が突飛すぎない?
前作でジプシーが決死したのは、そこまでに他の機体が脱落していって、ジプシー自体も損傷率80%で足を引きずって行かなくちゃならなくて、最後に自爆という形じゃなきゃ裂け目を崩壊させるエネルギーを作れなかったからだよ。それ以外に方法がない状態だった。
今回はもう「勝てねえからやけっぱち!」以外の面がまるで見えなかった。怪獣とも思う存分戦わないからさあ。怪獣の能力描写も無いしね!唯一あったのって「衝撃を吸収する」ってとこだけでしょ?だから薄い。イェーガー描写と合わせて薄い。イェーガーが難敵を色んな機能や武装で殴って殴って倒すのがカタルシスだったのに、結局イェーガーが立って怪獣へ勝ち星与えたのゼロだよ?観客舐めんな。タンカーぶん回したりとか、コンテナ両手で掴んで怪獣の顔を両側からサンドしたりとか、そういうバーリトゥード戦闘が観たかったのであってさあ、武器ブンブン振り回してビル薙ぎ倒してその内に怪獣が超巨大化して──なんて展開をそのまま見せないで。怪獣を前にした絶望感や力の差すらもロクに分からないままに富士山決死の流れになるからなんかもうほんと、映像が綺麗なのはいいけどインパクトに欠ける。だからパシリム感が薄い。


今作は「大衆向け」になったけど、私が好きなパシフィックリムは「マニア向け」の映画だ。
続編名乗るならそこを分かって欲しかった。前作から離れるとしても前作を大切にして欲しかった。
昼戦を増やしたりとか色々しても結局は「だけど……」ってマイナス評価を軽減することにしかならない映画なんて作って欲しくなかった。
こっちだって評価したいわ。

シャオ社長の無人機関連がスクラッパーと共に回収されるところとかそこは素直に感心したよ。最初は敵かと思われたシャオ産業が合流するところとかも良かったよ。セイバー・アテナの剣が2本から1本になるのとか、なんで3人乗りのイェーガーがまだあるのかと思ったら一人が腹部の機銃を操作して実質クリムゾン・タイフーンの改善案兼リスペクトとかさ、評価したいわ。でもそこを評価しても「だけど……」って不満点列挙しなきゃいけないのこの映画。そんなのパシフィック・リムに求めてなかったんだよ。 
マコとニュートの役割を別な新キャラに任せる方向性で行けなかったのかなあ。ニュートはシャオ産業から、ハーマンは防衛チームからとして合流して一緒に倒す流れにさあ。ハーマンの「理論上可能だ」って台詞に「でも理論を立てるのが君の役割だろ?」ってニュートが茶化して彼がやる気になる──って展開の方が前作と地続きになった感じがするじゃない、ていうかファンが「こうであって欲しかった」と望む展開の方が"らしい"なんてあっちゃいけないことでしょ。

 

次回作では異次元に攻め込む気満々らしいけど、個人的にはここでシリーズが切られることを望みます。
それかもしくは名を変えてやってほしい。パシフィックリムはサブタイとかにしちゃえよ、そうしたらほら、見る側としては察せられるから。

 

「これはパシリムの続編だから期待が高く残念だけれども贔屓目を抜けば凡作である」みたいな評価をチラホラ見るし、むしろ歓迎する声も耳にする(目にする)けれども、私としてはそこに補強したい。

 

名作の続編が凡作に成り下がったらそれだけでもう裏切り行為だと思う。

 

デルトロのパシリムが観たかった。
こんなの観たくなかった。

アヴィケブロンさんの種火集めしてたかった2時間でした。
もう2度と観ない。

 

 

 

ジュラシック・ワールド〜炎の王国〜 は監督が安心と安定のスピルバーグなので期待してますね!!!!!

 

 

 

 

 

 

舞台『8』感想(ネタバレあり)

観劇日時:201.12.23 18:00の回

 一回しか見れていないので、見逃し、記憶違いなどがある可能性があります。多分絶対あります。

 

 

 

《公式サイト》

100点un・チョイス!

 

國島くんの初主演だということで観に行きました。

内容はサスペンスもの。小さなクルーズ船に乗り合わせた人間たちの前で、『8』と名乗る人物から殺人のメッセージが届く。消えた乗員、静止する船、下手に動けばターゲット、悪あがきをすれば爆弾……と身動きのできない中で、次々に人が殺されていく。一体犯人は誰なのか?動機は?という(半)密室殺人事件。

 

劇場は(私に判断できるほどあまり経験がないけどもおそらく)小さなハコというのもあって、恐慌が客席にも伝わりやすい、また「怒り」や「悲しみ」などといったものも伝わってくるいい舞台だった。役者さんの力だと思います。特にこれまで平然とした顔を装っていた人が急に動揺して感情を剥き出しにする時の「見えてしまった・触れてしまった」感覚は怖いくらいだった。観客席にいるのだから究極的には関係ないのに、話している間に悲鳴が聞こえた時の血の気が引く感覚、落水音がして『取り返しの付かなくなった』ことを自覚した気持ち。私が観劇するのはおよそ2年半ぶりくらいだけれども、「ああこれは凄く怖くて楽しい」と思った。

舞台セットは船のレストランから一切動かないので、船の各所で殺されていくメンバーをどう表現するのかという点も、違和感がなかった。三箇所の出入り口にもそれぞれ役割があって分かりやすかった。 

反面、少し気になったのは脚本の数カ所。「ここ伏線だろうな」と思うことは(私が疑ぐりすぎているのもあって)多々有りそれは別に普通のことだけれども、序盤に「高校の時に熱烈な彼女がいた」という会話をキーにして、そこからもう終盤にその伏線を回収するのは長いかと思った。いや伏線の回収タイミングの序盤→終盤はめっちゃ燃える展開だけども、それまでに主人公が『一般人の探偵役』としてしかほぼ機能していなくて、その友達が犯人であったことも含めて、一見「あつらえたような」状態だったのはずっと気になった。偶然巻き込まれたという体の主人公、逆に伏線と犯人以外で主人公を示す要素がほぼ無くそのまま終盤まで宙ぶらりんだったのは「ああこいつ何かあるな」と思う要因だった。

また、殺人が次々と起こる船は状況的にほぼ密室なわけだから「誰がやったのか」と共に「どうやったのか」が取り沙汰されるべきだけども、2回目の(舞台上では1回目の)殺人であるヒヅキ社長事件は「鍵をどうやって開けたか」の説明はあったかな?あれがずっと引っかかっていて私は犯人当てゲームにも「サクライ」って書きました。あれを開けるにはこの人しかないって思ったんだけど、実際は本当に死んでたからビックリだよ。

 

殺された父親のために復讐を決意する姉弟。彼女と友人のために復讐を続行させようとする男。復讐の連鎖、取り返しの付かないこと。復讐をすれば誰かに復讐されるし、どこかで連鎖を断ち切らなくてはならない、罪は生きながら清算する必要がある。

見終えてから週末明けて仕事しててもそのくだりがずっと頭に残ってて、考えさせられる話でした。

故にその結果を書いておくと、私はあの復讐を肯定したいと思う。例え誰かが殺されようが、復讐が復讐を生んだとしても、あれは確かにケリのつけ方としてはアリだと思った。

今回の舞台、役者さんたちはみんなすごく悲惨な心を演技に出していて、それが痛いくらいに気持ちよかったし感情移入もさせられた。「俺の時間は止まったままなんだ!」って叫ぶ声に動かされたりもした。復讐を試みた人達はみんな辛そうだった。それだけの人達が、果たして復讐をしないで平和な日常を過ごせたか?っていうと、きっとそうじゃないと思う。どこかで何かしらの満足(すぐに枯渇するとしても)を得られなければ、生きながら死ぬような形だったんだろうと思う。それに対して犯人グループは、結婚を約束した相手がいたり、ビジネスが成功していたり、本当に「なんであんたがこの船乗ってんの?!」だ。理不尽で、納得いかない。同じ8年間を被害者の方は『殺人』を目標にするほどに追い詰められて過ごし、加害者はのうのうと生きている。そりゃ怒るよそりゃそうだよ。

生きて罪を清算しなければならない、だけどそれをするにはまず罪を公に認めさせなければならない。あの時警察に届け出て姉弟の知る情報を開示する手段を取る、司法に任せるにはそれしかなかっただろうけど、でもきっとあの姉弟はそれすらも信じられなくなっていたのかなと。だから『生きて』なんてまどろっこしいこと言ってられない、父親へ更に泥を塗らせないために……っていう気持ちの方が強かったんじゃないだろうか。

確かに犯人でも、その人生があるし、いなくなって悲しむ人もいる。だから『生きて償え』っていうのはとても理に適った話であると思う。ただ、幸せになるのはまず罪の清算をしてからだ、という気持ちもまたある。マトモな神経していたら、自分が殺してないとは言え原因の一端を握った殺人事件の起こった場所を金儲けに利用しようなんて思わないよ。死んだ人間にも家族や恋人がいたであろうことから目を背けてのうのうと幸せになろうとしていたところを殺されたからって、それを理由に『生』を説くのはどうなんだろうか。

だから『8』の正体が発覚してから、死に、また主人公が立つ時のくだりの復讐についての否は少しくどく感じた。復讐が復讐を生むことの悲しさは舞台上を見ていればよく分かるので、敢えて台詞にしなくても良かったのではないかと。複数人で繋いで喋って念押しするくらいなんだからそれがテーマなんだろうけども、状況があまりにも悲惨・報われなくて逆に『復讐する方』により同情してしまう原因だった。あくまで人殺しは悪い行為であるけれども。

 

記憶がパラパラなのであまり正確なところではないのですが、感想はこんな感じです。再度見たらまた何か変わるかもしれないけども。

 

 

──

週が明けても深く考えさせられる舞台でした。また、『舞台演劇』という要素を上手く生かしており、素晴らしい時間を過ごさせていただきました。

また再演することがあれば是非とも観に行きたいです。あとメインテーマ?みたいな曲の詳細欲しいです。

役者さん達の演技がとても突き刺さり、まだちょっと抜けそうにありません。

でも良かったです。

 

ウルフェスに新規参戦する人へのオススメルート JR編

夏だぜ!!!!!!!

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蒸し暑くなると同時に故郷のM78星雲ならぬ、池袋サンシャインシティ文化会館4階展示ホールBの匂いと喧噪が思い起こされる日々ですが、いかがお過ごしでしょうか。

この記事ではウルトラマンフェスティバルに行きたいという大人と子供とおねーさんの為に、おそらく最もポピュラーであろうJR池袋駅から行くルートを写真と共に辿りたいと思います。

特にウルフェス目当てに上京される方なんかは池袋駅とかサンシャインシティの構造がよく分からんちーだと思うので、これを利用して少し頑張ってほしい。

あと熱中症には気をつけて欲しい。

コンクリートジャングル・イケブクロ。

 

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基本的なホームの造り。ホームは地上、改札は地下。

 

君は今、JR池袋駅に降り立った。

目指すべきは「中央改札」だ。1と2、どちらでもいい。どうせ同じ通路に向かい合って存在しているので構わない。

 

君はホームから階段を降りて地下に行く。そこにはおそらくこんな柱が見える。

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実に分かりやすい大きさだと思うので見つけやすいと思う。とにかく君は、1か2の中央改札を通る。

するとそこは、池袋駅にとって最も大きく人の多い通路だ。

ポケモンスタンプラリーとかも始まっているのかもしれない。ただでさえ人の多い駅で更に夏休みの混み具合に気圧されながら、さて右か左のどちらに進むべきか迷うことになると思う。

ちなみに、サンシャインシティ東口にあるので、これを覚えておこう。

 

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西口にはこんな青い標識が出てくる。

 

君が東口を目指して進むと、おそらくこんな広告を見つけるはずである。

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基本的に矢印に従って進むといい。

進んで行くと枝分かれした通路が幾つかあるけれども、そこに入り込むと説明が面倒くさくなるので絶対に行ってはいけない。

いけふくろう像とか見ちゃダメ。

 

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左手にみずほ銀行があるけども通り過ぎ。

 

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こんな所を通り抜け

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こんな標識の下をくぐり抜け

 

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左斜め前に進み

 

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 お前……35番出口って名前だったのか……

 

 

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エスカレーターを上がり

 

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ティッシュ配りの聖地を過ぎて

 

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道なりに進み

 

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この交差点の向こうが「サンシャイン通り」だ。

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まっすぐ進む。映画館やゲームセンターが沢山ある。

マツキヨは気にしてもいいし、気にしなくてもいい。

ウルフェスの中は自動販売機の飲み物は高い上、売り切れている場合がある。

 

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右手に東急ハンズが見える。

 

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奥のエスカレーターを降りるのだ。

 

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動く歩道の地下通路

 

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クアアイナハンバーガー屋)を横目に進めば建物内だ。

 

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そのまま直線で進む。

左手にピカチュウがいるが、スルーしてひたすらにまっすぐだ。

 

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トレーナーは後で2階にも行こうな。

 

左手にディズニーストア

 

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右手にコールドーストーン(伏線)

 

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それでも前に進み

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突きあたりを左に曲がり

 

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大きな通路に出たら、右へ曲がる。

もうすぐだ。

 

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文化会館棟に着いた。

 

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その右手のエレベーター(ブレた)

 

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もうこの頃には、光の戦士を身に付けたキッズを目にする事だろう。

君は沢山の人々と共にエレベーターに乗り込み、4のボタンを押す。

そして扉が開かれた時、会場の熱気、キッズ達の声、流れるウルトラソングが──

 

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なかった。

 

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設営中だった。

 

ウルトラマンフェスティバル2017は、7/21(金)〜8/28(金)開催!

8/8は休館日です。

 

〜完〜

 

 

 

おまけ。

 

入場口向かって左手側の扉をくぐり、ずーっと真っ直ぐ行くと外に出まして。

 

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そこの階段下りまして。

 

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私のヒーローに挨拶していけばいいと思います。

 

 

 

 

シン・ゴジラは「人間味がない」か

(ネタバレをします)

 

 

話題のシン・ゴジラ、色々ありまして遅れて観た。

これまでのゴジラとはまた違った、「現実味」が埋められていく充実感が心地よく、またそれに伴うゴジラの災害感も良かった。

 

イェーイ!!面白い!!怖い!!ゴジラ!!

イェーイ!!イェーイ!!

 

というノリで感想探してみたら批判もかなりあってガックリと膝をつきましたうわめっちゃへこむ。

いやまあ、分かるんだよ。そりゃこんだけ特化したゴジラだもの、新規層だってかなり増えたでしょう。そりゃ批判も沢山ありますわ。私の一番好きな『ゴジラ×メカゴジラ』なんてもうそれこそ「エヴァかよ」「ゴジラ棒立ち」とか散々な謂れを受けたりしてるからね。ゴジラシリーズは大体一番ミレニアムシリーズが割を食ってんだ!!ちくしょう!!ゴジラが棒立ちなのも理由があんの!!いいだろうが機龍!!かかってこいや!!

……と、まあ、好きな作品が批判受けるのは慣れっこなので、人それぞれということで心に棚を作っています(製作途中)

が、

的外れな批判は割と許せない。

その代表的なものが、「人間味がない」というもので。

どうしても気になったので、これを書くことにする。本当は零プレイ感想が最初のはずだったのにな

ちなみにまだ一回しか映画は観てません。パンフは売り切れでした。セリフなど間違ってましたらご容赦を。

 

・矢口蘭堂には人間味がないか



実際には、とても人間味のあるキャラクターだと思う。主人公なだけあって、出演シーン数が多い分、人物描写も多いしね。

まだ若い官僚の矢口、普通ならば上の人々の顔色を伺う立ち位置であるものの、最初のゴジラ第一形態を指してクジラか何かと沸き立つ中で、一人だけ「巨大噴煙生物かと」と進言する。それも間に竹野内豊に窘められても、もう一度同じことを言う。

ゴジラが上陸し破壊され尽くした瓦礫の中で、沈痛な面持ちで手を合わせる。

災害時には外に食べに行くわけにもいかないから、メシはカップ麺。片桐はいりからお茶を受け取り、災害発生からずっとシャツを替えておらずに臭くなっている。けれどもシャワーを浴びることも少し躊躇うほどに仕事に重きを置いている。

総理や大臣達を載せたヘリが熱線で焼き尽くされた時には、怒りと混乱で珍しく声を荒げて「まずは君が落ち着け」と水の入ったペットボトルを押し付けられ、我にかえる。

……思いつく限りでもこれだけあって、どうして「人間味がない」のか分からない。

確かに、家族面や恋愛面、物語面で「人間味を与える」効果はあるでしょう。そりゃもう大いに。『仮面ライダードライブ』において終盤のチェイスは序盤からは考えられないことを口走っていた、機械生命体の中でも特に機械機械している彼に、妙に人間味があった。

けどそういったものは、ほんの一例にしか過ぎない、ってことをもっと考えるべきだと私は思う。

適材適所、物語には物語に合わせた描写が必要になるわけで。

シン・ゴジラの物語、監督に庵野さんがいるのもあって解釈めっちゃくちゃに人それぞれなんだけど、基本の構造はキャッチコピー通りに『現実vs虚構』なの。『災厄であるゴジラを、災害として対処する日本』の物語。

製作姿勢にもある通り、歴代ゴジラの中でも抜きん出てこの物語はその『現実』の比重が強い。メーサー号なんて出ないし、三式機龍だってあるわけもない。

じゃあそれが物語の『現実』だとして、キャラクターの『現実』はいったい何か?矢口はどこが『現実』に根ざしている?と考えた時、それはもう彼に与えられた役割でしょう。

矢口蘭堂は『日本国の政治家』だ。

だから、災害が起こった時には全力でこれに当たり事態の収拾に務める。

実際問題、その中で恋愛とか家族とか必要か?

もちろん矢口だって家族のことは大切だったかもしれない。だけどあの場を考えてみると、『災害時』なんだよ。普通に連絡が取れる方が珍しいし、むしろ仕事をしている方が家族にとって何よりの安否情報かもしれない。画面に映っていないとこで、彼は連絡をとっていたとかそういう脳内補完もあり得るでしょう。

「そういうとこを描写しなけりゃダメなんだよ」わかる。だけども描写の優先順位っていうものもある。現実に重きを置いているからといって、全てが緻密に描写されるべきでもない。だってこれは、シーンの取捨選択で繋がれた映画だから。

矢口の人間味は、上に書いた通り散々描写されている。なら、2時間の中の貴重な数十秒を使って家族の姿を描写する必要もない。だって矢口の映画で求められている役割は、「政治家」であって「家族の一員」ではないんだから。

そして恋愛面だけど、これはもう、さあ。

国の危機に働くべき人間が、その国の危機に、恋愛する映画。もしその映画が恋愛に比重を置いたとしよう。それならまあアリかもしれない。だけど、これ、ゴジラだから。ゴジラがやってきていて対処しなきゃいけないのに恋愛してる政治家とか普通に頭おかしいよ。それでも物語として破綻しろって言うなら別の映画に求めるべき。

自分の大切なものを抱えて、ゴジラという恐怖に逃げず、立ち向かうことの美徳を求めるのは結構だけども、まずそれが当たり前になっている政治家、そして自衛隊は少なくとも物語で描写する必要は少ない。まず政治家は前線にいるわけじゃないし、自衛隊は立ち向かうことが仕事なわけで。ごく一般家庭の私が彼らに物語の中での美徳を求めるとしたならば、それは「"当たり前"を超えた状況に立ち向かう、"仕事"」の側面。そしてシン・ゴジラはそれを描いている。

 

・ラストシーンは地味か

まあぶっちゃけて言えば、特撮としては昔のものよりも感覚として『地味』だよね。モンスターXとのガチバトルがあるわけでもないし、火口にゴジラが落とされるわけでもないし、あくまで人の力のみで挑んだこの最終作戦は、そこ抜き出せばシュールな笑いにもなりかねない。(あくまでそこだけ、の前提で)

だけども。

だけどもさあ。

もうさあ。

 

2時間近く何を見てきたんだよ!!

 

このゴジラめっちゃ地味な閣議とか多いじゃん?!それでも地味なはずなのに面白いじゃん?!

 

そういう映画なんだよ!!!

 

いい加減分かれよ!!確かにそこが不満ならこの映画は君には合わなかったのかもしれないけど!!いい加減!!分かれよ!!物語には適切な描写があるってことは既に言った!!

それとも何か?!あれだけ矢口はじめ日本の人間、時にはスパコン等の世界まで巻き込んで頑張った結果、いきなりスーパーXとか機龍が登場すれば良かったんか?!スーパーXⅢがカドミウム弾撃ち込みまくったり!!機龍がアブソリュート・ゼロ撃ち込んだりすれば良かったんか?!さすがの機龍好きな私でもそれは引くわーーー!!一気に萎えるわーーーー!!!これまでの努力と物語背景は何だったん???ってなるわーーーーー!!!!

言っとくけど件の無人在来線爆弾がやってきた時点でもう爆笑もんだからね?現実寄りのフィクション作ってる中であれは良くやったよ!!JRが爆弾積んでゴジラめがけてぶち当り弾き飛ばされながらドッカンやぞ???あっ山手線だ!って認識した次の瞬間にそれやぞ???地方民はそれぞれ自分の普段乗ってる電車を想像してほしい。あの映画で笑ったの後にも先にもこれだけだわ!!!

物語内の常識で考えればさあ、そもそも高威力の火器は飛行するタイプのもののため効かない、核攻撃は一番阻止すべきもの、その中で編み出したヤシオリ作戦がドッカンドッカン派手なわけあるか。いやむしろ重機的にと電車的にはめちゃくちゃ派手ですけど!!!

これに納得いかないならもうこの映画はあなたには合わなかったんだ。恥じたりひけたりすることはない。そりゃ人により合う合わないはあるもん。私だって『VSビオランテ』嫌いだもん。

でも、だからといって、物語の根幹を破壊するような批判は、やめた方がいい。良いところと悪いところ、物語の存在としての筋に合ってるんだとしたらそれはもうそういう話なんだ。好きか嫌いかで語ればいい。筋に合ってない箇所なら批判すればいい。

シン・ゴジラはそういう意味で、物語の筋を通した映画でした。完成度が高いとはこういうことかと思う。

もし批判したあなたがそれでも怪獣が好きで、ドッカンドッカン派手なのが好きで、キャラクターにフィクションとしての分かりやすさが欲しいのであれば。

 

 

 パシフィック・リム観ようぜ!!!!!!!